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最新米国ブルーグラス事情H
楽器事情その4、バンジョー編

  今年の1月号からシリーズで、様々な角度から米国ブルーグラス界の現状を要約しているこのコーナー。1月号の各楽器別ピッカー編、2月号の男性ボーカリスト編、3月号の女性ボーカリスト編に続いて、4月号はバンド編の前半として最新トラッド・グラス・バンド列伝、5月号はバンド編後半のコンポラ&プログレ・グラス列伝をお届けした。6月号からは楽器業界事情を中心にビンテージ楽器編、7月号のギター編、8月号はマンドリン編として紹介した。今月はエンジョイ・クラブ・バンドでソリッドなバンジョーを聴かせる京都屈指のピッカーでもある小野田浩士さんに、米国のバンジョー事情の寄稿をお願いした。
(編集部よりお願い:日本製マンドリンやギター、バンジョーなど、弦楽器の歴史、または現在の状況などの記録や情報を蓄積してくれる方を切望しています。現在、その事情に詳しくなくても、ヤル気だけでも結構です。興味がおありの方は編集長までお申し出下さい!)

【バンジョー弾きは「おたく」?】
 「ギターおたく」や「マンドリンおたく」というのはあまり聞きませんが、バンジョーにこだわる人は「バンジョーおたく」と呼ばれることが多いようです。かくいう私もよくバンジョーおたくと呼ばれますが…。フェス会場の片隅に集まって「テイルピースはXXOOがええで」とか「ブリッジの溝はこう削るんや」とか、やってませんか?。
  バンジョーはギターやマンドリンなどと違い、数多くの部品を組み合わせて構成されており、そのほとんどが容易に交換が可能ですが、これがバンジョー弾きを「おたく」の世界に引き込む要因のようです。パソコンおたくがハードディスクを交換したり様々なソフトに手を出すのに似ているかも知れません(そう言えば私もパソコンの改造やってますネ…)。バンジョーのこの構造上の特徴が、ギターやマンドリンと異なった独特の「楽器事情」を生み出しているとも言えます。つまり、バンジョーのルシアーを語るとき、バンジョー・パーツのサプライヤーを忘れることが出来ないのです。

【プリウォー・フラットヘッド・ギブソン】
 近頃の一流バンジョー・プレイヤーのプリウォー・フラットヘッド・ギブソン(戦前のギブソン社製でも数少ないフラットヘッド・トーンリング仕様のバンジョー)指向は一層顕著になっているようです。その頂点にいるソニー・オズボーン、そしてソニーを介してブッチ・ロビンス、ベラ・フレックをはじめ、ムーンシャイナー7月号によるとビル・エバンスもスタイル75を最近手に入れたようですが、例えばそのインタビューに書かれている彼の入手時のエピソードを見ると、我々バンジョー弾きはヨダレが止まらなくなってしまいます。
 しかし現実は、「楽器事情その1.ビンテージ楽器編」(本誌6月号)にあるとおりで、オリジナルフラットヘッド・ワンピースフランジ・プリウォーギブソンはン百万円出しても運の良い人しか手に入れることは出来ません。
  そこでコンバージョン(改造)です。
 戦後のギブソン・バンジョーの品質低下は明らかでした。そこで1960年代以降、バンジョー・プレイヤーは比較的入手し易かった1930年代のテナーやプレクトラム・ネック(共に4弦仕様)のレイズドヘッド・バンジョー(アーチド・トップとも呼ばれる)を手に入れ、ネックを5弦に、トーンリングをフラットヘッドに付け替えて使ってきました。おかげで、今ではテナーのレイズドヘッドでも30年代の物をあまり見かけることが出来なくなってしまいましたが…。こうして、コンバージョン技術者やパーツ・サプライヤーは育っていったわけです。

【パーツ・サプライヤー…ネックの巻】
 当時、初期の著名なリプロ(コピー)ネックの作家としてまずあげられるのはトム・モーガンでしょう。彼の作品は、ビル・キースのTB-12やベン・エルドリッジのTB-6に見ることができます。また、彼の書いた『ギブソン・バンジョー・インフォメーション』は、ギブソン・マスタートーンを具体的に解析した、現在でも最良の手引書と言われています。彼は後に「Morgan」ブランドでオリジナルのバンジョーを発表しています。
 彼の他にも、マンドリンで有名なランディー・ウッドや、ユニークなデザインのテイルピースが人気のゲイリー・プライスなどがあげられますし、現在も数多くの製作家が活躍していますが、最近最も注目を浴びているのがフランク・ニートでしょう。ラルフ・スタンレー愛用のスタンレートーン・バンジョーの作家としても有名な彼の作るネックは現在最も優れたものと評価され、ソニー・オズボーンのグラナダやスティーブ・ヒューバーのRB-75(彼はオリジナルの5弦ネックをはずしてニートのネックを着けている)をはじめとする一流プレイヤーの愛器に見ることができます。
 彼らは後々、自らがメーカーとなったり、注目のプロジェクトのキーマンとなって行きます。

【パーツ・サプライヤー…トーンリングの巻】
 バンジョーにはトーンリングをはじめとする多くの金属部品が使われていますが、これらを作るには「型」が必要となります。この「型」は非常に高価なもので、償却する為に製品を量産しなければならず、自ずとしてサプライヤーは限られてきます。数々のパーツを世に出しているスチュワート・マクドナルド社やリバティー社、日本でもお馴染みのサガ社などはこの老舗にあたりますが、ここではバンジョーの心臓とも言うべきパーツ、トーンリングに注目してみたいと思います。
 かねてより、サリバンやライアンなどが改造用のトーンリングとして使われてきましたが、1987年にリチャード・クリシュがニュー・ギブソン・バンジョー(当時ギブソン社が製造ラインと人材を一新した以降の製品を指す)のために、プリウォー・フラットヘッド・トーンリングの成分と製法を用いた新しいトーンリングを提供して以降、その品質は飛躍的に向上しました。
 ここで、現在入手できるトーンリングをいくつかご紹介しましょう。
■Gibson Reissue 20-Hole Tone Ring
 前述のリチャード・クリシュがギブソン社のために開発したプリウォー・タイプのトーンリング。当時の他のトーンリングと比べて音質・音量・バランス全てにおいて優れていると評判となった。1987年以降のいわゆるニュー・ギブソン・バンジョーに装着されているが、時期により微妙に違うバージョンのものが搭載されている模様。ちょっと濃い話になるのでここでは割愛いたします。
■Kulesh 10-Hole Tone Ring
 リチャード・クリシュがギブソン社以外に自分のブランドとして出したトーンリングで初期のリッチ・アンド・テイラー・バンジョーに装着されていた。穴が10個になっている。リチャード亡き後、彼の息子が「BIG 10 Tone Ring」として新たにリースしている。さらにパワーアップしているとのことだが筆者はまだ知らない。
■Tennessee 20-Holo Tone Ring
 リッチ・アンド・テーラーのマーク・テーラーがプロデュースしたトーンリングで、現在のリッチ・アンド・テーラー・バンジョーやギブソン社のJ.D.クロウ・モデルに装着されている。音は大きく甘めで特に低音のレスポンスがよいと評判。
■McPeake Pre-War style Tonering
 アール・スクラッグスのグラナダを永年セットアップしてきたことで有名なカーティス・マクピークがプロデュースしたトーンリング。彼の所有するフル・オリジナルのRB-75のトーンリングの完全コピーとか。しかし、「McPeake-Kulesh Tonering」と呼ばれることもあり、Kuleshリングとの関係は…これも濃いので割愛。
■JSL Tone Ring
 ジム・スタルがプリウォーRB-4(JSL Special #4)とRB-12(JSL Special #12)のトーンリングをコピーして作ったリング。詳しい情報は無いが、コストパフォーマンスがよいと評判。
■Huber Vintage Flathead Tone Ring
 バンジョー・プレイヤーのスティーブ・ヒューバーが、彼の所有する1939年製のRB-75のトーンリングをコピーして作ったリング。メッキも当時の製法を再現し、自社で行っているとか。昨年1年間で300個を生産し、現在、音質・音量とも最も高い評価を得ている。
 以上のトーンリングは共通してプリウォー・フラットヘッドを分析し、成分や製法を再現しているとしています。また、これらのいくつかは、この後の注目すべきプロジェクトの中核となっています。

【アンチ・ギブソンなメーカー達】
 1970年代中頃より、ステリングを代表とするギブソンのスタイルにとらわれないオリジナルなバンジョーを作るメーカーが数多く生まれて、多くのプレイヤーがこの楽器を手にしました。また、コンバージョンやリプロダクションで技術を身につけてきたルシアーたちもオリジナルのブランドでバンジョーをリリースするようになりました。
 しかし、前述の1987年にギブソン社が、カーティス・マクピークのアドバイス、リチャード・クリシュのトーンリング、グレッグ・リッチのプロデュースのもとにニュー・ギブソン・マスタートーン・バンジョーを発表し、市場はプリウォー・サウンドの復活に賞賛の声をあげました。
  以降、ニュー・ギブソンやリッチ・アンド・テーラのようなマスタートーン復刻タイプのバンジョーに人気が集中してきましたが、近頃ネックビルのような全く新しい発想のバンジョーも生まれてきました。また最近になって、地道に特徴的な音を追い続けるメーカーにも再び人気が集まりつつあります。もちろん、音に対する好みは千差万別、ブルーグラス界にも多彩なバンジョー・トーンが溢れて当然なのですから…。

 ここでは現在商品をリリースしているメーカーをいくつかご紹介します。(紹介はabc順)
■Allen
  テキサス州ヒューストンで1981年にフォンザ・アレン・スミスによって設立されたブルーグラスとオープンバック・バンジョー・メーカー。他メーカーと比べて、少しワイドでスリムなネックを装着しており、プレイアビリティーを追求しているという。シカゴでスペシャル・コンセンサスを率いるグレッグ・ケイヒルが愛用している。
■Deering
 ベラ・フレックやアリソン・ブラウン御用達のエレキ・バンジョー『クロスファイアー』で有名なディーリング社。1975年にグレッグとジャネットのディーリング夫妻が創立。以降、ハーブ・ペダースン愛用のプリウォー・マスタートーン・タイプの『ゴールデン・エラ』から、ロー・チューニングの『ジョン・ハートフォード・モデル』、アリソン・ブラウンのナイロン弦のエレキ・モデル、はたまた12弦バンジョーまで幅広いラインナップに挑戦している。最近では超軽量の旅行用バンジョー『グッドタイム・バンジョー』が好評とか。
■Nechvill
 1997年に来日したアリソン・ブラウンがツアー用として持ってきたのがこのバンジョー。トム・ネックビル考案の画期的なヘリ・マウント構造については以前ムーンシャイナー誌でも取り上げられていたので詳細はさけるが、ヘッドやネックの調整が非常に簡単で、その構造上軽いのも特徴のひとつ。次世代をになうバンジョーとしての期待は大きい。くらま楽器(0748-23-5072)が日本の代理店だ。
■OME
  コロラド州ボールダーにあり、チャールズ・オグバリーによって1960年に創設された老舗バンジョー・メーカーのオーム。テナー、プレクトラム、ブルーグラス、ロングネック、ミンストレルと老舗らしいラインアップで、5弦には3種、4弦には4種類のスタイルがあり、それぞれに6種類のモデル=デザインがある。
■Price
 独特なデザインの SL-5 テールピースの発案者、ゲイリー・プライスのバンジョーとマンドリンのブランド。そのバンジョーのパワーは、女性ブルーグラッサーばかりの『Together』プロジェクトで来日したリン・モリスのプレイで証明済み。あ、そうそう、リンは10月、熊本に来日予定。
■Prucha
  まだ鎖国時代のような共産政権下にあったチェコ・スロバキアでステリング社をはじめ多くのアメリカ・バンジョー界の協力の下、独自で製品を生み出し、現在の同国ブルーグラス隆盛の一役を買った事でも知られるプルカ・バンジョー。現在はエレキ・バンジョーをはじめ革新的な作品を次々と生み出している。日本の細川(052-796-1588)が輸入総代理店であり、カタログ等は同社にお申し出下さい。
■Rich & Talor
 1993年、ギブソン社を離れたグレッグ・リッチと、タット・テーラーの息子であるマーク・テーラーが共同で設立したリッチ・アンド・テーラー。プリウォー・マスタートーン・タイプのボディーにクリッシュ・10-Hole・トーンリングを装着し、数多くのプロ・プレイヤーがエンドースして華々しくデビューした。1996年頃にグレッグ・リッチが離れた辺りからはトーンリングをテネシー・20-Hole・トーンリングに載せ換え、現在に至る。ロングビューでのプレイが話題のジョー・マリンズは初期のモデル『カロライナ』を愛用している。
■Stelling
 ナッシュビルのバンダービルト大学で航空機械を学んだジェフ・ステリングが、プロペラとシャフトのタイトフィットの理論をもとにトーンリングとリムとフランジの新しい組み合わせ方を開発し、1975年3月にステリング・バンジョーとして発表した。その新しい構造から生み出されるビッグトーンは、当時品質を落としていたギブソン・バンジョーよりも勝ると、有名プレイヤー達から高い評価を受けていたが、近年でもその評価に衰えはない。ステリングと言えば勿論アラン・マンデが有名だが、つい最近、グラナダトーンで有名なクレイグ・スミスがステリングを弾いているという噂も、本誌編集長から流れ出し、新たな注目だ。日本では細川(052-796-1588)が代理店となっている。

 上記のメーカー以外にも、安価で初心者向きの「Blanton」や「Saga」をはじめ、「Gold Tone」や「Iida」なども安定して商品をリリースしているようです。
 オールドやユーズド市場では60年代にデビューしたフェンダー(最近、再びバンジョー界へ参入の情報あり)やベガ、エピフォーン、比較的新しいところではインペリアル、グレートレイク等を見かけますが、いずれも現在は製品をリリースしていないようです。

【新しいプロジェクト】
 新しい流れとして、著名なプレイヤーとクラフトマンがタイアップして人気のパーツを組み込んだバンジョーを作る新しいプロジェクトがいくつか見られます。そのいくつかをご紹介します。
■Chief
 ソニー・オズボーンの伝説的バンジョー"Chief"(オリジナル5弦グラナダ)をモデルにソニーとトム・ビグス、ウイン・オズボーンらがプロデュースしたバンジョーで、フランク・ニートのネック、フーバーのトーンリングを装着している。1998年6月以降、ソニーはステージでこのバンジョーを弾いているらしい。ネックの裏側の塗装が取り除かれており、弾きやすいとのこと。プレイヤーへの直売のみという。
■Stealth
 人気バンジョイスト、スコット・ベスタルのユニークなバンジョーを、ルシアーであるロビン・スミスと再現したもの。最終セットアップはスコット自身が行っているらしい。特徴は5弦のペグもヘッドストックにあり、指板にあけられたナットから5フレットまでのトンネルを5弦がくぐる構造になっている点。ボディーはマスタートーン・タイプ(スコットのオリジナルは60年代のRB-250)でマクピークのトーンリングを装着している。レーダーに映らないというステルス戦闘機からの命名のようだ。

ムーンシャイナー誌1999年9月号掲載

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