rekokin's room


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スクラッグスのバンジョー製造年の謎
(第1稿)

文/小野田浩士


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ブルーグラスバンジョー奏者であれば、必ず一度は見るだろう夢、それは「プリウォー・ギブソン・フラットヘッドバンジョーを手に入れたい」でしょう。でもそれは大多数の人にとっては「叶わぬ夢」であることは、本誌 Vol.26-3〜7の「祝「バンジョー祭」〜現代バンジョーの歴史」の記事「ギブソン「マスタートーン」バンジョー」からも、皆さんよくご存知ですよね。
でも、2009年に出版されたジム・ミルズの著書「Gibson Mastertone Flathead 5-String Banjos of the 1930's and 1940's」を見て、その「叶わぬ夢」を再燃させたお人も少なからぬはず...例に漏れず、私もそのうちの一人ですが。
さて、プリウォー・ギブソン・バンジョーについての解説は、本誌 Vol.27-10の特集記事「2010年夏、バンジョーの風景・・・「バンジョー博覧会」に寄せて」をご参照いただくとして、そこでも語られたアール・スクラッグスの1934年に製造されたロット「9584」のナンバー「3」(シリアル番号 #9584-3)のモデル「グラナダ」が、世界で一番有名な(重要な)プリウォー・ギブソン・バンジョーであることに異論を挟む方は少ないと思われますが、そのグラナダが「1934年」製ではなく、実はその4年も前である「1930年」に製造されていたという、プリウォー・ギブソン・バンジョーファンにとっては聞き捨てならぬ新説が飛び込んで来たのです。


インターネットにてプリウォー・ギブソン・バンジョーのシリアル番号と製造年を調べるには、以前はトム・ビグス氏のウェブサイトが有名でしたが、氏のサイトが閉鎖された後は「The Banjo Philes」(http://www.banjophiles.org/)が最も便利でしょう。ところが先日、この中の「Pre-war Gibson Banjo Serial Number Listing」ページを久しぶりに覗いてみると、確か「1934年」製だったはずのアール・スクラッグス(#9584-3)やソニー・オズボーン(#9584-2)のグラナダの製造年が「1930年」に変わっています。他のシリアル番号の製造年も、それぞれ4年程度前に変わっています。いったい、いつの間に!?

この件で思い当たる事象がいくつかありました。


【その1】

前出のジム・ミルズのプリウォー・ギブソン本の最初に出てくる「The Willie Bivens RB-3」と言うバンジョー、これがシリアル番号「9602-1」なのに「1931年7月27日」の伝票が付いてた。それまでは「9602-*」であれば1934年製造というのが通説だったから「いったい何ぞや!?」ということになった...


ひょっとして、これが原因で、これまでの定説がひっくり返っちゃったのかも...


【その2】

グレッグ・アーネスト氏のサイト「Prewar Gibson Banjos」(http://www.earnestbanjo.com/:現存するプリウォー・ギブソンバンジョーを製造年代別、またスタイル別に豊富な画像付きで紹介するウェブサイト)の全てのバンジョーの製造年が書き換わっていた。
このページにリンクする解説を見ると、どうやら、ジョー・スパンというギブソン研究家(?)の影響で年号を変更したようだ。 そういえばこの人、しばらく前からBanjo Hangout(http://www.banjohangout.org/:世界中のバンジョー演奏者・愛好家が集い、論議や交友を深めるウェブサイト)に頻繁に登場していた...


と言うわけで、この筋のキーマンに問い合わせてみました。

まずは、前出のウェブサイト「Prewar Gibson Banjos」を運営するグレッグ・アーネスト氏からの返事です。
(筆者訳)



いやぁ! 良い質問ですね。フロリダ在住のジョー・スパンがこの夏に発表するギブソンに関する書籍の準備のためになされた研究の中にその答えはあります。それは、第二次世界大戦前の期間におけるギブソンについて、これまでになされたものよりもはるかに理論的な研究となるでしょう。

それは、長年我々が認めていた戦前のギブソン・バンジョーのための年表が、実は3〜5年ずれていたことがわかります。ワンピース・フランジとフラットヘッド・トーンリングが「1932年頃」に導入されたという説は、主に1960年代にギブソンで働いていたベテラン従業員によって発表された論評に基づいています。この供述は真実とされ、そして残りの年代順配列はそれのまわりで造られました。でも30年から40年も前のことですもの、容易に想像がつきますね...問題は、この従業員の記憶が2〜3年ずれていたということです。オリジナルのギブソンの記録の分析と、バンジョーが売買された際の売渡証の日付やMusic Trade Review誌のような当時の情報源を相互参照することによって、ワンピース・フランジとフラットヘッド・トーンリングが実際は1929年に導入されたのだと、ジョーは結論付けました。
9580番台のシリアル番号を持つバンジョーは、1930年に生産されたのです。

その証拠は、バンジョーの売渡証の日付と言う形で、長年我々の目の前にぶら下がっていたわけです。
1931年6月27日付けのオリジナルの売渡証を持つRB-3(シリアル番号:9602-1)が掲載されたジム・ミルズの本の中で、これに関する議論が繰り広げられています。

私は、これが意味を成すことを望みます。ジョーの本は、プリウォー・ギブソンバンジョーのこれまでの常識に革命をもたらすことでしょう。

グレッグ



要するに、この夏にギブソン社に関する本を出版予定のジョー・スパン氏の研究に基づき、それまで定説だった製造年が3〜5年繰り上がったとのことです。彼の研究によると、ワンピースフランジとフラットヘッドトーンリングの導入は1929年(これまでは1932年が定説だった...)になるようです。その証拠が、ジム・ミルズの本に登場する、1931年6月27日付の売渡証を持っているRB-3 #9602-1だとも。
なので、アールのグラナダを含むシリアル番号9580台のバンジョーは、1930年に生産されたとなるわけですな。

では、その証拠である、1931年6月27日付の売渡証を持っているRB-3 #9602-1の登場する例の本の著者であるジム・ミルズ氏に、くらま楽器の吉田様から問い合わせていただきました。
以下は、吉田様ご提供の、ジム・ミルズ氏からの返事です。
(筆者訳)



ちょうどここ数年の間に、プリウォー・ギブソンバンジョーの製造年を特定することに関しての、いくつかの新しい発見がありました。それらは、現存する工場からの出荷記録や、オリジナルの売渡証から発見されました。そしてそれは我々に、我々が長い間ずっとバンジョーの製造年を特定してきた全ての方法を再考させました。これらは疑わざるべき真実の記録です、したがって、以前に特定された多くのバンジョーの製造年は修正されます。あなたの質問の「1934年ごろに製造された」と言われていたバンジョーの製造年は、大概が4〜5年前に修正されます。

私は、これがあなたがよりよくわかるのを援助することを望みます。
ありがとう。

ジム・ミルズ



なるほど...しかし、こりゃこれまでの定説を唱えていた重鎮どころは黙ってないのでは!?
...ということで、その重鎮どころ、カーティス・マクピーク氏からの返事です。案の定、Greg Earnest氏の論と全く反対でした。
(筆者訳)



私は「Banjophiles」の大部分のデータに同意しません。私は、バンジョーの製造日の多くを変えることに決めた男を知っていますし、その訂正を私は全く支持しません。私は、ワンピース・フランジのブループリント(青焼き図面)を持っています。それは写しでなくて、ギブソンからの本物のブループリントです。図面には、1929年10月の日付が記載されています。ブループリントが作られたからたった数ヵ月間で、どうやったらあんなに多くのバンジョーを造ることが出来るでしょうか。これは、私 にとって意味をなしません。

敬具

カーティス



要は、彼はジョー・スパン氏の研究結果に同意しない、そしてその証拠は、彼が所有する、1929年10月の日付がついた、ワンピースフランジのオリジナル・ブループリントであると言うことですね。1929年10月からその年末までの3ヶ月足らずで、あの年表にある様な大量のバンジョーは作れっこないと...こりゃ、真っ向勝負ですな。

伝票 vs 図面の構図ですが、図面は清書したり、マイナーチェンジしたりと、書き直すことはありますから、こりゃ伝票派の方がちょっと有利でしょうか。ちなみに、グレッグ・アーネスト氏からの返事に登場した、ジョー・スパン氏のギブソンに関する研究をまとめた書籍ですが、ジム・ミルズの本と同じCenterstream出版社より「SPANN'S GUIDE TO GIBSON 1902-1941 by Joe Spann」としてこの5月の中ごろに実際に出版されるようです。

ジム・ミルズの本の「RB-3 #9602-1」の伝票か、それともワンピース・フランジのブループリントか...さて、あなたはどちらの肩を持ちますかな?


さて、私が運営するウェブサイト「レコキンの部屋へようこそ」(http://recokin104.web.fc2.com/index.html)には、こんなバンジョーに関する濃〜い話題が満載です。興味のある方は、どうぞご覧ください。
また、私が参加するバンド「千日前ブルーグラス・アルバム・バンド」が、来る5月15日の日曜日、新大阪のライブハウス・オッピドム(tel:06-6151-8106)にて、神戸大学のバンド「ザ・カルブレイス」とジョイントライブを行います。大阪・千日前のアナザードリームで月一回催される大阪ブルーグラスナイトが生んだ「ブルーグラスの骨董品バンド」と、昨年のブルーグラス・キャンプ・イン・滋賀のバンドコンテストにて学生として史上初のチャンピオンに輝いた「実力ナンバーワン学生バンド」が同じステージで激突します。若者も、おじさんおばさんも、是非観に来てください!
(詳しくは「コンサーツ&フェスティバルズ」コーナー参照)


ムーンシャイナー誌2011年5月号掲載

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